書籍一覧

ハワード・ゴールドマンのすごい考え方

気が付けば2月ももうすぐ終わり。ここは僕のメインブログのはずなのに全然更新していないなぁ。

これだけ間が空くと、大仰なエントリを書かないといけないような強迫観念に駆られるけど、むしろ軽いエントリをちょっとずつ書いていった方がリハビリにはなるようで。

そういうわけで、今回は軽く書評といってみましょう。題材は、ハワード・ゴールドマンのすごい考え方(以下、すごい考え方)です。

この本はというと、こちらのエントリで書いたとおり2005年の12月に購入したのですが、激しく積読になっていたものなのです。で、今になってようやく読んだ、ということです。

内容的には、すごい会議と重なるものがありますが、大橋禅太郎氏のフィルタを通さず、ハワード・ゴールドマンの直接の主張が読み取れます。

まだ本書を半分程度読んでいる最中なのですが、「ここは!」と思ったことをご紹介。

●「なぜ」という「問い」の危険な側面に注意する

問題解決の思考法を説いたものでは、かならずといっていいほど、「なぜ」という「問い」を繰り返すことが強調されている。

しかし実際は、「なぜ」という「問い」は、使い方によってはほとんど問題解決に結びつかないこともあることを知ってほしい。

「なぜ遅れたんだ?」
部下は答える。
「すみません、ひどい渋滞に巻き込まれたものですから」

お分かりのように、ここでは渋滞そのものは解決すべき問題ではない。しかし部下は、「なぜ」と聞かれると、「なぜなら」という思考を促されて、分かりやすい原因や、納得してもらいやすい理由を述べるようになる。これが言い訳と言われるものだ。
通常、言い訳を並べても問題解決には何の役にも立たないのである。

※引用箇所の強調表示などの書体変更は僕の意図によるものです

これはほんの一例だけど、ハワード・ゴールドマンは一般的な問題解決や成果を出す方法など、通常の考え方とは少し違う方法を提示している。上の例では、マイナスの結果を生むしかないけど、本書ではプラスの結果を得るにはどうすればよいか?ということが書かれている。

ということで、ハワード・ゴールドマンは本書で、質問する側もされる側も、上司も部下も、仕事の関係者も前向きな解決への流れを促すような考え方、話し方を提示していると僕は読み取りました。

こういうことが建設的だと言える良い例の本です。


U-31

ひさしぶりのコミックの書評です。しかもサッカーマンガ。

U-31は、過去アトランタ五輪代表に選ばれ、かつてはスター選手だった主人公・河野の物語です。
彼はいつの間にか代表に呼ばれなくなり、2002年(フランスW杯の時期)にはクラブから所属しているクラブから戦力外の通告を受けるというどん底の状態から物語が始まります。

これは、そんじょそこらの華やかなサッカーマンガとは違います。主人公はすでに27歳。次回のW杯の時には31歳。年々衰えていく身体能力、激しいポジション争い、そして代表への未練。

話全体が暗く、現実的なテーマを描いているのですが、サッカーや登場人物の描写はリアルです。そんな過酷な状況、自分の運命に立ち向かう主人公の、ドラマティックな、男の物語です。

全2巻、ということで、すでに完結しています。書店にはあまり並んでいないようなので、amazonでの購入をオススメ。


スティーブ・ジョブズによるスタンフォード大学の卒業祝賀スピーチ

先日のエントリで、スティーブ・ジョブズについて書いたのですが、今日も引き続いてジョブズについての話です。

スタンフォード大学の卒業式で、ジョブズが祝賀スピーチをしたのですが、これがとても素晴らしいスピーチだったので紹介しようと思います。

大げさかもしれませんが、このスピーチを聞くことで人生が変わるかもしれないくらい、心に響くスピーチです。まだ読んだことのない方は、ぜひ一度読んでみることをおすすめします。

スティーブ・ジョブズによるスタンフォード大学の卒業祝賀スピーチ

PART 1 BIRTH
ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。
本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。
私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。
私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

PART 2 COLLEGE DROP-OUT
こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。
夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。
しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多く
は、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
ひとつ具体的な話をしてみましょう。

PART 3 CONNECTING DOTS
リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。
こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。
もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、
あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

PART 4 FIRED FROM APPLE
2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。
自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。
自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。
ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。
その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。
それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。
思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。
アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

PART 5 ABOUT DEATH
3つ目は、死に関するお話です。
私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER
今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。
それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。
私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。
これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。
以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH
私が若い頃、”The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)”というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。
スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」
それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.
ご清聴ありがとうございました。

the Stanford University Commencement address by Steve Jobs CEO, Apple Computer CEO, Pixar Animation Studios
翻訳 市村佐登美
satomi@mediaexpress.org

ネタ元はToshiさんのブログPLANet blog.です。とても良いものを読ませていただきました。
http://pla-net.org/blog/archives/2005/07/post_87.html
追記:リンク先消滅です。残念…

原文はこちらですね。
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

こちらはスピーチの音声ファイル(mp3形式)が入手できます。
http://www.wiredatom.com/jobs_stanford_speech/

こちらからはスピーチの様子を動画で見れます。
http://www.stanford.edu/dept/news/report_stage/
news/2005/june15/videos/51.html

これを初めて読んだとき、僕は胸が熱くなるのを感じました。とにかく、無為に日々を過ごしてはいけない。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

Stay hungry, stay foolish.


スティーブ・ジョブズ-偶像復活


年内に読みきれるかどうかわからないけど、この本を購入しました。スティーブ・ジョブズが書いたわけではないけど、ジョブズの生き様について書かれた本です。当のスティーブ・ジョブズはご存知の方も多いと思いますが、あのアップルコンピュータの共同創立者であり、CEO(最高経営責任者)です。

アップルコンピュータといえば、iPodやMac(マッキントッシュ)で知られる、今となってはコンピュータに詳しくない人にも知名度がありますね。ま、それを有名にしたのがスティーブ・ジョブズってわけです。

話は逸れますが、このスティーブ・ジョブズ、かなり先見性のある人物だと思います。現在、日本のポータブルオーディオプレーヤー市場をアップルのiPodと日本企業のプレーヤー勢(ウォークマン、D-snap…)が鎬を削っています。

まぁ、市場を見れば一目瞭然ですが、どう見てもアップルのiPod勢が圧倒的に優勢ですね。僕としてはSONYにはもっと頑張って欲しいのですが…でもiPodの方が好きです。持ってないけど。

対iPodの最有力候補として、一応SONYを挙げますが、どうして両者にここまで明暗がはっきりしてしまったのでしょうか。SONYの著しく消費者の利便を損なう著作権保護技術が足をひっぱっている、という記事はよくWeb上で見かけますね。

それもさておき。僕はここまでアップルのiPodが成功した要因はジョブズの先見性によるものが大きいと思います。まぁ、ここで僕がどんな意見を言おうと所詮後付けの評論なんですが。それを自覚しつつ続けます。

先見性、といえば、「○年先にはどういう技術が可能で、その技術が可能ならばこういうことができる、そしてこんな世の中になるだろう」というビジョンを明確に持つことです。

ハードディスクに関して例を挙げると、(学生の頃の記憶なので)多少記憶が曖昧ですが、5年前の2000年、東芝のエラい人(技術部門の人だったかな?)の講演を聞く機会が学校から用意されました。講演内容はほとんどと言っていいほど覚えていませんが、一つだけ印象に残っていたことがあります。それは、「すでに、300Gの容量を持つハードディスクの開発に成功している」という一言でした。当時の2000年から言えば、一般的なPCのハードディスクの容量は多くても10Gとかその程度だったと思います。それが、2000年の当時で300Gのハードディスクが出来上がっている、という話は非常に印象に残りました。

それで、2005年12月の現在、市場には300Gのハードディスクが15000円やそこらで手に入る状態です。というか、ようやく300Gという容量が一般的になりました。当時の技術に詳しい人はおそらく2005年にはそんな状況になるということくらい当たり前の話だったと思いますが、ポイントはここから。

じゃあその低価格、大容量になったハードディスクで何ができる?

ということです。で、ハードディスクが大容量になるって話題は、当時の僕のような一般人には全然なじみがなく、本気でスルーしちゃったりするわけですが、フラッシュメモリの容量も飛躍的に増大していくという話はハードディスクのそれよりも知名度が高かったはずです。

当時の僕のような学生ですら知っていた話ですから、もちろん当時の技術者たちは、確実に現在のようなHDDやメモリが大容量、低価格化することを知っていたわけです。それも2000年や、ひょっとするとそれ以前から。

思いっきり話が逸れましたが、僕が何を言いたいかというと、当然SONYの上層部もアップルの上層部もこの事実は知っていたはずです。あー、いやちょっとまって。今のSONYの様子を見ていると、「大容量化することは知っていたが、現状をイメージできていなかった」と僕は思っています。

アップルのジョブズは、おそらくHDDやメモリが大容量、低価格化することに対して、「何ができるか」ということを真剣に考えていたはずです。それも、SONYなどの一般企業に比べて遥かに早い段階で。

とすると、ジョブズは先の時代のイメージをつけていて、そのイメージに対して行動をとっていわけです。で、話はiPodに戻ります。現在のiPod nanoの大成功の背景には、早い段階からの周到な準備がありました。

それは、半導体メーカであるサムスンのメモリ生産ラインの4割を押さえたという事実です。iPod nanoはこうしてメモリを大量に仕入れることで、2G、4Gという大容量のフラッシュメモリを搭載したプレーヤーを、あの価格で売ることができるのです。

これを知った僕は「iPod nanoのためにここまでやるか!?」と思いましたが、これはメモリの大容量、低価格化と携帯音楽プレーヤーの容量についてのビジョンを明確に持っていたジョブズの先見性に他ならないでしょう。

と、ジョブズがいかに先見性をもっているかを語るのにここまでかかってしまいました。僕は思います。スティーブ・ジョブズすげぇ!


普通のやつらの上を行け!(ハッカーと画家 感想)


★★★★☆(星4つ)
2005年11月購入
オススメ。

ハッカーと画家」という書籍の書評です。

エントリのタイトル 普通のやつらの上を行け!は、この本のオビからの引用です。イカス。

いわゆるハッカー(クラッカーに非ず)という人種の考え方について書かれた本ですね。というか、著者のPaul Graham自身がハッカーでしょう。。彼なりの考え方などの読み物です。

僕がこの本を買った理由は、この本、オビに 普通のやつらの上を行け なんて書いてあるんですよ!もうね、こんなキャッチーなコピーを書かれたら…買うしかないじゃないですかっ。

で、まだ読んでる最中ですが、「第六章 富の創りかた」や、「第七章 格差を考える」あたりは富(お金ではなく)に関する考え方について述べています。

特になるほど、と思ったのは

現代社会では、収入の格差はむしろ健全性のしるしであるというものだ。

との著者の弁。

それは技能の差が収入格差として現れるのは、あたりまえの話であって、それが阻害されることこそが不健全というわけで。

まだまだ、これ以外にも興味深い話題が盛りだくさん。。技術者の方はもちろん、そうでなく「ハッカーは一体何を考えてやがるんだ!?」なんて思ったことのある方はぜひどうぞ。

コチラのページ http://www.blog.net/nerds-jp.htmに、「第一章 どうしてオタクはもてないか」が掲載されているようです。まずは、試し読みがてらにでも。


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