calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>
categories
archives

心境の変化とか

結婚して子供ができてン年になるけど、結婚前→結婚後→子供なし→子供あり とで心境やら心持ちが大分変化した自覚がある。

結婚した当初はというと家庭人という感じも無く、なんとなく同居人が居て…という程度だったし子供ができてからもなんとなく保護の対象が増えたなーという感じだったけどしばらく育児しつつ子供が成長してみるともう子供無しの生活は考えられないし自分の心理に占める部分が大部分になってしまっている。

結婚前なんかはそんなこと考えられなかったのだけど「子供がいないと生きられない」という状態になってしまった。

これは結婚前の僕の性格からすると考えられない。本当にそんな風に自分がなってしまうなんて考えもつかなかった。きっと自分の両親も僕に対してそんな風な気持ちを抱きながら育ててくれたのだろうと思いつつ同時に子育ての責任も重大だし自分自身が「死ねない」という気持ちが大きくなった。

わずかに前まではまぁ僕が死んでも遺族年金?やらで妻やら子供やらは食っていけるからいーかー、なんて思っていたけど「僕が死んだら子供が悲しむから死ねない」という思考に完全に切り替わった。死ねない。本当に死ねない。

とまぁここまで自分の心理が変わってしまったのも子供が愛情をこちらに向けてくれるのを感じてしまったからなんだろうと思う。これまでかけてきた手間暇と愛情を倍返しにもなろうかという愛情を向けてくれててそれを感じてしまったらもはや軽々しく死んでもいいやなんて考えることもできなくなった。

世の中といえば育児に困ったり親子の関係で上手くいかなかったり悩んだりだとかそういう話をよく聞くけど今の自分のような心境でいられるのも余程の幸運だったりするのかなとも思う。

別にオチなんて無い話で当たり前の話なんだけど自分のアイデンティティは家族によって成り立っていることを実感してしまった。そんなことを思った秋の夜長でした。

子育てコーチングの教科書

子育てコーチングの教科書という本があるようなので購入することにした。

まぁ僕自身は楽観的な性格で子供の指導に困ることは無いのだが、妻の場合は色々思い悩んだりすることが多い模様。ブチ当たっている壁を乗り越えられるヒントになれば&夫婦間での問題の共有的な意味合いで購入して自分も読もうと思います。

あとは「どの育児関係の本が良いか?」と迷ったけどAmazonで評価も良かったのでこの本に決めました。

ちなみに僕は「無理なことは無理、ならばできることをやろう」というスタンスなのですが妻の場合は「完全にできないと嫌だ」とか子供が言うことを聞いてくれないと「私にはこの子を育てるのは無理だ」とか言い出したりするので僕は「いきなり完全を要求するなよ」とか「今100パーセント達成できなくてもまず最初の1歩ができているので良しとしてあとは少しずつ達成できるようにすればいいのに」とか思ったりするのでやんわり伝えようとしても反発を生んだり衝突したりで困ったちゃんなのです。

まぁ子育てを夫に指摘されるのは妻ならば誰だって嫌だろう…とは理解しないでもないですが、子供に対して無理を要求するよりアプローチを変えて親の要求・指示を子供が聞きいれてくれる言い方を学ぶべきなのだろうなと思いその手法について書物に答えを求める次第なのです。

でも下手をすれば「この本を一緒に読もう」と持ちかけても「私がダメだってこと!?」とか反発を招きそうで妻の機嫌の良いときとかに提案するとか非常に言葉を選んで読んでもらうように仕向けないと水の泡だったりするわけで。

まぁとにかく妻本人は育児に頑張ってるつもりで実際頑張ってくれているのですが「ダメな方法でいくら頑張ってもダメ」ということを学習して良い手段を学んで欲しいのでございます。



学校で受ける嫌がらせの対策

最近、娘が小学校で嫌がらせをされるという情報を妻経由で聞いた。

とりあえず娘にアドバイスした。


・孤独にならないこと。相手は、君の隙を狙っている。誰にも迷惑かけまいと一人で抱え込むのは逆効果。卑劣な相手は君が孤独になるとますます攻撃してくる。

・周囲にアピールすること。味方をつくること。君が嫌がらせを受けたことを知っているのが君ひとりだけ、というのは最悪の状況。相手が卑劣な行為をすること、君が迷惑していることを周囲にアピールしよう。そうすると、いざ君が周囲に助けを求めるとき、周りの子たちが君を助けてくれる確率は上がる。

・他にも同じ被害者がいないか探そう。もしいれば、一緒に立ち向かうことができるかもしれない。

・被害を受けていない子を参考にしよう。その子の対応方法は参考になるかもしれない。また、その子に助けを求めてもいい。

・卑屈にならないこと。君は悪いことをしていないのだから、相手に合わせる必要はない。堂々としていよう。

こんな感じ。


本当は腹立たしくてしょうがないし、できることなら行って馬鹿ガキを〆てやりたいけど、どうせ年齢を経て中学・高校…そして社会人になってもクソ野郎はどこにでもいるので対応する術を身につけて欲しいなぁと思いながら話をした。

それにしても、子供の思惑だと「親に心配させたくない」だとか「それでもまだ自分にとってそんなに迷惑をしていない」とか見栄を張ったりで健気というか意地っ張りな面を見せてくれるのだけど、親としてはやっぱり心配だしいろいろ力になってあげたい。

がんばれ、わが子よ。


参考エントリ:我が子を助けるということは昔の自分を助けるということ(子供に贈る言葉)
そういや昔も似たようなことがありましたね。

自分と向き合う時間

タイトルとあんまり関係ないかも。

最近、自分と向き合う時間が減っている。まぁ原因は仕事だったり子供の面倒を見たり、で一人になる時間が少ない。自宅にいるときなんかは常に子供ズといるので一人の時間が皆無。まぁ深夜家族が寝静まってからが本番なんですが。それでも適切なタイミングで思索したりできないのが嫌だ。


ちょっと話しは変わって。最近子供とゲームをしてて、まぁある程度やりたいゲームをしてると子供が「見せて見せてー」な感じで寄ってきて育児と遊びが両立できて一石二鳥。でもやってるゲームがRPGってアレな感じがするけど。

で、そのゲームってのがテイルズ オブ ヴェスペリアってやつで典型的なJRPGなのでストーリーは大変子供にもわかりやすくてその上このTOVはキャラクターデザインが娘に非常にウケてて「おとーさん、ゲームして!」なんて言ってくるわけです。

まぁ何と言うかオチは無いんだけど僕がRPG進めてて娘がそれを見てって客観的に表現したら親子でゲームしてるわけで僕はゲームが好きだしこれも何だか言ってみれば幸せのひとつなのかなぁなんて思ってたりします。


それはそれでいいのだけど、やっぱりひとりで何か物思いにふける時間って欲しいとこですね。



あと余談だけど娘はTOVを「わたしもやらせてー」なんて最近よく言ってきて、ついこないだ闘技場で100人斬りを達成してしまった。回復アイテムとかの使用タイミングはアドバイスしたけど、全部娘が操作した…恐るべし。教育の方向が誤ってないかハラハラです。

魅惑の遊具

先日のこと。とある公園に娘とお出かけ。で、魅惑の遊具を発見した。




これは…!ショベルカーというかバックホウというかユンボというか。

とにかく。あのショベルは男の子にはロマンなのです。多分。

当然、自分でも遊びましたよ。ええ。



逆上がりのやり方は

土曜日は娘の逆上がりの特訓をしたんだけど、結果は逆上がりとは程遠い感じ。

逆上がりの方法(と教え方)を調べとくか。来週に持ち越し。

七夕の願い事は

世間ではどうやら七夕のようです。

社会人になってみると、そういうイベントは全く関係無い…と思いきや、別に小学生のときから「らしい」イベントなんかしたことがなかったかもしれない。


そういえば、先日娘の授業参観に行ったときに短冊を作ってたのを思い出した。願い事は確か、てつぼうができますように…だった。


よし。週末は鉄棒の特訓だ。覚悟しときなさい>娘


教育のポイント

願い事は、「叶ったらいいなぁ」で終わるともったいない。

願いを叶えるために、何かしらのアクションを起こすということを学んで欲しい。


ここから蛇足。思い返すに、僕が七夕の短冊とかそういうものに冷めていたのは、願い事とかそういうものは叶ったためしがなくて、「(神様?に対して)なんだウソつくなよ」というような姿勢でいたからと思う。

欲しがるだけじゃ願いは叶わないし、行動を起こさないのはなんだかクレクレ乞食みたいでみっともない。と、今は思ってる。


ちょっと話は変わって今度は迷信的な話。

こういう願い事の類は、例えば七夕の場合だと短冊のように実際に「形」としてアウトプットする。

日本には言霊という考え方があって、まぁ要約すると
声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。
これって結構大事なことだと思っていて、短冊を作るといった行動なんかは言葉を口に出すよりも願い事を単に紙に書くよりもインパクトのある行動で、そのぶん自分の深層意識に影響を及ぼしているんじゃないかと思う。

するとどういうことになるかというと、短冊をつくる前の自分より、短冊を作った後の自分の方が、強く願いを叶えたいと思うようになっている。

そんなわけでこれでモチベーションの確保はできたはずなのであとは実際に娘の鉄棒を手伝えばよい。

目標は逆上がり!

子供を育てるという覚悟

とにかくリンク先を一度読んで欲しい。

私の子供を守るのは、武器を持たないあなたの手 | 小学校卒業した子どもと再契約した。


引用はしないけど、女手ひとつで男の子を育てるのはこうも悲痛な覚悟が必要なのかと思うと、子供を一人前にして送り出すということはものすごく難しいことだと感じる。


■関連エントリ
我が子を助けるということは昔の自分を助けるということ

教育のタイミング

今回は育児ネタです。

僕は基本的に放任主義で、まぁ子供が悪いことをしたのを見かけたら注意するというスタンスです。教育パパでもありません。エリート育成みたいなのは最初から望んでいません。

とまぁ、そう言えば聞こえはいいものの、育児はいろんな意味で大変なんですよね。

というわけで、労力は最小限で、最大限の効果を上げることが重要なのかな、と。

そんなわけで、先日あった話でも。



夜、家で子供がパタパタと駆け出して自分のオモチャにつまづいたときのこと。

僕「あぶないよ?」
娘「いたいー(去ろうとする)」
僕「ここに置いてたら、また(つまづいて)痛くなるよ?」
娘「うん」
僕「じゃあ、元の場所に置いて、邪魔にならないようにしようね」
娘「はーい(オモチャを元の場所に直す)」

僕「これでつまづかなくて済むね。これがお片づけだよ?」
娘「う、うん」
僕「オモチャで遊んだら、お片づけしようね」
娘「はーい」

という感じ。

今回は片付けをする必要性を感じてくれれば良いのです。なんて甘い親。

ちなみに、一軒家なので、夜騒がないとか走らないということは今回はスルー。多分子供は一度にひとつのことしか覚えられない


まぁひとつずつ覚えてくれればいいのです。今回は、その必要性を感じてもらうことが大事。それで、今回はそういう教育にうってつけのタイミングだったということ。

要は鉄は熱いうちに打て、ということですね。

そういうこともあって、何か悪さをしたときは、そのときに叱ってやることが大事かと。


■関連エントリ
我が子を助けるということは昔の自分を助けるということ

すごい「いじめ対策」

先日は子供への言葉を書き綴ったのだけど、その関連で話題になっているエントリを紹介。


この「いじめ対策」はすごい! - 森口朗公式ブログ


あなぐまさんのとこも、このエントリに言及されていますね。。

で、読んでみたら本当にすごかった。


内容はリンク先を読んでもらうとして、何がどうすごいのかというと、とことんいじめっこに対してアクションを働きかけるということ。

大体、学級会や教師の説教なんかでも、


いじめっこ=(本来説教を聞くべき人間)が、話を聞いていない

ような状況をよく見かけます。

はい、典型的な自己満足と、「ちゃんと対策してるんだ」的なアピールですね。本当に解決する気あんのか、と。


しかし、リンク先の対策は違います。
6 事実を認めた加害者に対し「泣くまで」反省を迫る。
※ ここは教師の真骨頂です。
中学生ともなると(特にいじめの加害者のような奴は)脅すだけでは、まず泣きません。
そこで、刑事ドラマのカツどんに当たる要素が必要になるそうです。
加害者ががんばってきたことの写真(部活動や体育祭・文化祭他)などを見せて、
「なのにお前は、今、何をやってるんだ」みたいな感じで迫るらしいです。

一歩間違えると大変な事になりそうですが、よく見かける「アピール」的ないじめ対策とは一線を画しますね。

この「事実を認めた加害者に対し『泣くまで』反省を迫る」というような、強烈な加害者への働きかけや、事実(罪)を認めさせるまでの各個撃破といった手法は、読んでるだけで効果的な雰囲気が漂ってきます。


ちょっと別の話。

リンク先のコメントとかに「やりすぎ」とかの声があった。

いじめがなくなるには、いじめられる人が強くなっていじめを振り払う力があればいい。無ければ、身につける。そして、いじめられっ子は強くなり、いじめは無くなった。

めでたしめでたし。

かもしれない。いじめられっ子だった人は強くなって、いじめられなくなった。でも、いじめっ子が消えたわけじゃないんだよ。

対象が居なくなっただけで、いじめっ子だった人は潜在的にいじめっ子のままで、対象を見つけると、再びいじめは発現する。

だから、例えそれが「昔いじめられてました!でも、それを乗り越えて強くなりました!」というような正の側面があったとしても、いじめっ子に対して強く働きかけるのは、大いに賛成。

それに。個人的には、いじめは無くならないといけないと思っています。他人を傷つけて楽しむ悪趣味な人間が更生して、さらに更生させる側の人間になったとしたら、世の中が良い方向に進むと思うんですけど。。


■書籍紹介 - 教室の悪魔
ついでに、いじめに関する書籍を紹介。これはかなりの良書。実践的であり、なおかつ最大限に被害者を大事にする姿勢が読み取れます。実例に対して著者の意見が述べられる、という形なので、実用性と説得力が備わっています。オススメ。



「いじめっこ」みたいな生やさしい呼び方じゃなくて、「珍走団」みたいなダサい呼称とか、「犯罪者」・「加害者」みたいなエグい呼び方の方がいいと思います。。

| 1/2PAGES | >>